「しずかな日々」(椰月美智子)①

少年の「しずかな」一夏の成長物語

「しずかな日々」(椰月美智子)
 講談社文庫

小学校5年生に進級し、
初めて友達のできた「ぼく」。
後ろの席の押野は
「ぼく」を草野球に誘い、
姉の作ったプリンの試食に誘い、
クラスの友達との間を取り持つ。
しかし夏休み前、
母の新しい仕事の関係で
「ぼく」は転校することに…。

でも転校しません。
親友となった押野との関係、
草野球仲間・ヤマとじゃらしとの
つながり、
そして自身の存在感を
ようやく感じられるようになった
クラスでの生活を
失いたくなかったのです。
母親と疎遠の祖父の家に、
「ぼく」は預けられ、
夏休みを過ごすのです。
本書は、そんな「ぼく」の一夏の生活、
それも事件が起こるわけでもなく、
ただ「しずかな」、
しかしかけがえのない時間が
流れていく様子を綴ったものなのです。

「預けられ」てといっても、
祖父に面倒を見てもらっている
だけではありません。
それまでも母子家庭で育った「ぼく」は、
昼食は自分でつくり、
夕食も時には自分でつくり、
掃除や洗濯をこなし、
つまり最低限の家事を
しっかりとこなしていくのです。
そしてその中で
押野・ヤマ・じゃらしといった友達との
絆を深め、
押野の姉に自らも気づかぬ
淡い恋心を感じ、
新しい生活に
のめり込もうとしていた母親から
少しずつ自立していくのです。

少年の夏物語りは多数あります。
その多くが、価値観を変えるような
冒険や事件を経験し、
精神的成長を果たしていくという
ものではないかと思います。
本作品はそれらとは全く異なります。
表題通りの
「しずかな日々」が続くだけです。
その中で「ぼく」は自立していきます。
母子家庭であり、
生活のすべてにおいて
大きな存在を示していた「母親」から、
少しずつ、しかし確実に、
自立していくのです。

誰もが経験するような
小学生の「夏」が描かれているだけです。
大きな冒険も事件もありません
(押野に連れられて謎の工場に
出かけたのが唯一の小さな冒険ですが)。
だからこそ、
誰にでも起こりうる「夏」なのです。
もし中学生の子どもたちが読めば、
「ぼく」を自分に置き換えることは
極めて容易です。
押野を級友の誰かと重ね合わせることも
簡単にできるはずです。
あとは祖父を身近な親類の誰かの
イメージになぞらえることができれば、
物語の中にすんなり入り込むことが
できるでしょう。

少年の「しずかな」一夏の
成長物語である本書を、
中学校1年生に薦めたいと思います。

(2020.10.5)

Andre GerdesによるPixabayからの画像

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